石の島で、時間は違う速さで流れる。
大島は、愛媛県の北端、瀬戸内海に浮かぶ。来島海峡を渡ると、潮の匂いと、どこかから届く石を割る音がある。この島では、時間が少し違う速さで流れている気がする。
石と生きる島の、ある一日
朝、丁場に向かう道は細い。左に瀬戸内の海、右に山の斜面。軽トラが1台ようやく通れる幅の道を、職人たちは毎朝のぼっていく。
大島石は、この島の山の中にある。地表には見えない。削って、剥いて、はじめて姿をあらわす。だから丁場は、採るたびに少しずつ深くなり、少しずつ遠くなる。それでも人は、山へのぼり続ける。
昼になると、現場の音が止む。職人たちは木陰に座り、弁当を食べる。遠くに見える今治の市街地、その向こうに連なる島影。瀬戸内はいつでもそこにあって、急かしてこない。
島が持っている、ある種の頑固さ
大島の人間は、あまり多くを語らない。石の良し悪しを長々と説明することをしない。「見れば分かる」と思っているのか、「言葉にならない」と思っているのか、たぶん両方だろう。
この島で石を扱ってきた時間は、長い。採る人がいて、割る人がいて、磨く人がいて、運ぶ人がいる。それぞれが自分の仕事だけをやっている。余計なことを言わず、余計なことをしない。それが島の流儀だ。
建築の世界は速い。設計が変わり、スケジュールが動き、仕様が変わる。それでもこの島の時間は変わらない。山は急がないし、石も急がない。人だけが急いでいて、石はいつでも待っている。
石は、採られるのを急いでいない。こちらが準備できたとき、はじめて石も動く。
越智久石材センター 代表 越智英輔
瀬戸内の光の中で
夕方、丁場の作業が終わると、山の上から海が見える。来島海峡に夕陽が落ちる時間、海峡の潮は色を変える。橙、金、やがて深い青。
加工場に並んだ石は、その光を静かに受けている。磨かれた面が、瀬戸内の夕陽を映す。どこかの建築に運ばれるまで、石はここにいる。
東京の表参道に置かれた石も、那須の森に据えられた石も、もとはこの光の中にあった。島を出たあとも、その石が吸った光は、どこかに残っているはずだと、職人の一人が言った。うまいことを言うと思った。
島で会いましょう
越智久の丁場を訪ねてくる建築家がいる。設計の初期段階に、石を目で見て、手で触って、それから話を始めたいという人たちだ。
島に来ると、大抵の人は少し驚く。こんな山の中から、あの建築の石が出てきたのかという顔をする。原石の大きさ、採掘の規模、加工場の空気——写真では伝わらないものが、ここにはある。
石の話は、島でするのが一番早い。
丁場へのご見学、承ります。
大島の採石場・加工場をご案内しています。設計の初期段階からご相談ください。